桂信子集1
月光
梅林を額明るく過ぎゆけり
嫁(ゆ)く日近く母の横顔みて居りぬ
ひるのをんな遠火事飽かず眺めけり
秋あつし鏡の奥にある素顔
元日の樹々あをあをと暮れにけり
夜の新樹こころはげしきものに耐ふ
白菊とわれ月光の底に冴ゆ
木洩れ日の素顔にあたり秋袷
墨を磨る心しづかに冬に入る
寒林の梢かがやき海の音
梅林を額明るく過ぎゆけり
嫁(ゆ)く日近く母の横顔みて居りぬ
ひるのをんな遠火事飽かず眺めけり
秋あつし鏡の奥にある素顔
元日の樹々あをあをと暮れにけり
夜の新樹こころはげしきものに耐ふ
白菊とわれ月光の底に冴ゆ
木洩れ日の素顔にあたり秋袷
墨を磨る心しづかに冬に入る
寒林の梢かがやき海の音
桂信子集2
大寒の河みなぎりて光りけり
夕ざくら見上ぐる顔も昏れにけり
元日の鳥が来て鳴く裏の川
夏草の根元透きつつ入日かな
蚊を打ちしてのひら白く夏をはる
松の幹みな傾きて九月かな
衰へし犬鶏頭の辺を去らず
ともしびのひとつは我が家雁わたる
閂(かんぬき)をかけて見返る虫の闇
かりがねのしづかさをへだてへだて啼く
夕ざくら見上ぐる顔も昏れにけり
元日の鳥が来て鳴く裏の川
夏草の根元透きつつ入日かな
蚊を打ちしてのひら白く夏をはる
松の幹みな傾きて九月かな
衰へし犬鶏頭の辺を去らず
ともしびのひとつは我が家雁わたる
閂(かんぬき)をかけて見返る虫の闇
かりがねのしづかさをへだてへだて啼く
桂信子集3
誰がために生くる月日ぞ鉦叩
かりがねや手足つめたきままねむる
冬の川はなればなれに紙流る
鷲老いて胸毛ふかるる十二月
炎天や手鏡きのふ破(わ)れて無し
ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
やはらかき身を月光の中に容れ
かりがねや手足つめたきままねむる
冬の川はなればなれに紙流る
鷲老いて胸毛ふかるる十二月
炎天や手鏡きのふ破(わ)れて無し
ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
やはらかき身を月光の中に容れ
桂信子集4
女身
春月の木椅子きしますわがししむら
蹠(あうら)より梅雨のはかなさはじまりぬ
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
ひとりねのひるの底よりきりぎりす
秋ふかし鏡に素顔ゆがみゐて
飛べど飛べど雁月光を逃れ得ず
湯上りの指やはらかし足袋のなか
窓の雪女體にて湯をあふれしむ
まんじゆさげ月なき夜も蕊(しべ)ひろぐ
羽根透ける蟬を夕焼にはなちやる
春月の木椅子きしますわがししむら
蹠(あうら)より梅雨のはかなさはじまりぬ
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
ひとりねのひるの底よりきりぎりす
秋ふかし鏡に素顔ゆがみゐて
飛べど飛べど雁月光を逃れ得ず
湯上りの指やはらかし足袋のなか
窓の雪女體にて湯をあふれしむ
まんじゆさげ月なき夜も蕊(しべ)ひろぐ
羽根透ける蟬を夕焼にはなちやる
桂信子集5
ひとり臥(ね)てちちろと闇をおなじうす
川霧のなかにて赤く海老ゆだる
梅雨昏(くら)し腰揺りて牛歩き出す
秋風にパンのかたちの包み抱く
菊の辺へ日曜の下駄ゆるく履く
鵙の晝何せば心やすまらむ
かがやきて髪も秋日のものとなる
駅の鏡明るし冬の旅うつす
蝶容るる昏さを保ち梅雨の樹々
はや朝の心とがれり雨の鵙
川霧のなかにて赤く海老ゆだる
梅雨昏(くら)し腰揺りて牛歩き出す
秋風にパンのかたちの包み抱く
菊の辺へ日曜の下駄ゆるく履く
鵙の晝何せば心やすまらむ
かがやきて髪も秋日のものとなる
駅の鏡明るし冬の旅うつす
蝶容るる昏さを保ち梅雨の樹々
はや朝の心とがれり雨の鵙