橋本多佳子集1
海燕
曇り来し昆布干場の野菊かな
わが行けば露とびかかる葛の花
わがまつげ霧にまばたき海燕
若布(め)は長(た)けて海女ゆく底ひ冥(くら)かりき
積雲も練習船も夏白き
南風(はえ)つよし綱ひけよ張れ三角帆
月見草雲の夕焼が地を照らす
波に乗り陸(くが)の青山より高し
曼珠沙華日はじりじりと襟を灼く
スケートの面(おもて)粉雪にゆき向ふ
曇り来し昆布干場の野菊かな
わが行けば露とびかかる葛の花
わがまつげ霧にまばたき海燕
若布(め)は長(た)けて海女ゆく底ひ冥(くら)かりき
積雲も練習船も夏白き
南風(はえ)つよし綱ひけよ張れ三角帆
月見草雲の夕焼が地を照らす
波に乗り陸(くが)の青山より高し
曼珠沙華日はじりじりと襟を灼く
スケートの面(おもて)粉雪にゆき向ふ
橋本多佳子集2
火の山の阿蘇のあら野に火かけたる
春暁の靄に燐寸の火をもやす
海燕するどき尾羽も霧滴たりつ
わだなかのこのしづけさに霧笛きゆ
ただ黒き裳すそを枯るる野にひけり
向日葵は火照りはげしく昏れてゐる
月光にいのち死にゆくひとと寝る
夫(つま)うづむ真白き菊をちぎりたり
大阿蘇の波なす青野夜もあをき
駆くる野馬(やば)夏野の青にかくれなし
春暁の靄に燐寸の火をもやす
海燕するどき尾羽も霧滴たりつ
わだなかのこのしづけさに霧笛きゆ
ただ黒き裳すそを枯るる野にひけり
向日葵は火照りはげしく昏れてゐる
月光にいのち死にゆくひとと寝る
夫(つま)うづむ真白き菊をちぎりたり
大阿蘇の波なす青野夜もあをき
駆くる野馬(やば)夏野の青にかくれなし
橋本多佳子集4
信濃
霧の中おのが身細き吾亦紅
虹消えて荒磯に鉄路残りたる
かぎろへる遠き鉄路を子等がこゆ
牡丹照るしづけさに仔馬立ねむる
硯洗ふ墨あをあをと流れけり
青胡桃地にぬくもりて拾はるる
道の辺に捨蚕の白さ信濃去る
母葬る土美しや時雨降る
早稲の香のしむばかりなる旅の袖
濤うちし音返りゆく障子かな
霧の中おのが身細き吾亦紅
虹消えて荒磯に鉄路残りたる
かぎろへる遠き鉄路を子等がこゆ
牡丹照るしづけさに仔馬立ねむる
硯洗ふ墨あをあをと流れけり
青胡桃地にぬくもりて拾はるる
道の辺に捨蚕の白さ信濃去る
母葬る土美しや時雨降る
早稲の香のしむばかりなる旅の袖
濤うちし音返りゆく障子かな
橋本多佳子集5
朝刊に日いつぱいや蜂あゆむ
干大根人かげのして訪はれけり
綿虫に目を細めつつ海青き
寒の闇体がくんと貨車止る
貨車とまる駅にあらざる霜の崖
杉田久女様御逝去を知る
春潮に指をぬらして人弔ふ
中空に音の消えてゆくつばな笛
ほととぎす髪をみどりに子の睡り
沼施餓鬼蟹はひそかによこぎりて
金鳳花子らの遊びは野にはづむ
干大根人かげのして訪はれけり
綿虫に目を細めつつ海青き
寒の闇体がくんと貨車止る
貨車とまる駅にあらざる霜の崖
杉田久女様御逝去を知る
春潮に指をぬらして人弔ふ
中空に音の消えてゆくつばな笛
ほととぎす髪をみどりに子の睡り
沼施餓鬼蟹はひそかによこぎりて
金鳳花子らの遊びは野にはづむ