<> 「たのしみは 春夏秋冬季語に逢ひ 詩歌管絃游びゐるとき」 @歌童 久保田万太郎

万太郎俳句集1

 草の丈

神田川祭の中をながれけり

ふりしきる雨となりけり蛍籠

もち古りし夫婦の箸や冷奴

温泉(ゆ)の町の磧(かはら)に尽くる夜寒かな

奉公にゆく誰彼や海蠃(ばい)廻し


海蠃の子の廓ともりてわかれけり

桑畑へ不二の尾きゆる寒さかな

竹馬やいろはにほへとちりぢりに

さびしさは木をつむあそびつもる雪

したゝかに水をうちたる夕ざくら

万太郎俳句集2

新涼の身にそふ灯影ありにけり

きぬかつぎむきつゝはるのうれひかな

芥川龍之介仏大暑かな

あきかぜのふきぬけゆくや人の中

掃くすべのなき落葉掃きゐたりけり


死ぬものも生きのこるものも秋の風

枯野はも縁の下までつゞきをり

時計屋の時計春の夜どれがほんと

春の灯のあるひは暗くやはらかく

萩にふり芒にそゝぐ雨とこそ

万太郎俳句集3

寒鮒を釣る親と子とならびけり

パンにバタたつぷりつけて春惜む

包丁の柄をはふ蠅の生れけり

夏の夜や水からくりのいつとまり

あきくさをごつたにつかね供へけり


親一人子一人蛍光りけり

 五月二十日早朝、空襲、わが家焼亡。
みじか夜の劫火の末にあけにけり

涼しき灯すゞしけれども哀しき灯

万太郎俳句集4

 流寓抄

枯蘆の日にかゞやけるゆくてかな

人情のほろびしおでん煮えにけり

鶯やつよき火きらふ餅の耳

短夜のあけゆく水の匂かな

秋の雲みづひきぐさにとほきかな


鳴く虫のたゞしく置ける間なりけり

蕎麦よりも湯葉の香のまづ秋の雨

ゆく年やむざと剥ぎたる烏賊の皮

獅子舞やあの山越えむ獅子の耳

旅びとの覗きてゆける雛(ひひな)かな

万太郎俳句集5

梅雨ふかし猪口にうきたる泡一つ

ゆく年や草の底ゆく水の音

あきかぜのへちまとなりて下(さが)りけり

たゝむかとおもへばひらく扇かな

猫の恋猫の口真似したりけり


夏じほの音たかく訃のいたりけり

雪さそふものとこそ聞け手毬唄

辛うじて芽やなぎ水にとゞきけり

春の夜やにはかにふけし身のほとり

牡蠣舟にもちこむわかればなしかな

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