<> 「たのしみは 春夏秋冬季語に逢ひ 詩歌管絃游びゐるとき」 @歌童 秋元不死男

不死男俳句集1



わがペンだこぬらす或る夜の母の酌

空襲の月夜の潮がひいてゐる

厨房に貝があるくよ雛祭

寒潮に少女の赤き櫛沈む

鏡中にヨット傾き子の熟寝(うまい)


煙草すて娼婦しづかに海に入る

顔寒し電柱は電柱として立てり

子を殴ちしながき一瞬天の蟬

莨火を人に借られし冬木の下

不死男俳句集2

 瘤

 俳句事件にて検挙・留置さる
降る雪に胸飾られて捕へらる

冬シャツ抱へ非運の妻が会ひにくる

胸寒く見下ろす獄衣袂なし

手を垂れし影がわれ見る壁寒し

青き足袋穿いて囚徒に数へらる


外人歌ふ鉄窓に金の冬斜陽

獄の湯に寒き顎漬け息しをり

ひと日うれし獄に尊き蝶おり来

花散ると子の文短か獄にくる

秋晴や囚徒殴たるる遠くの音

不死男俳句集3

編笠を脱ぐや秋風髪の間に

足垂れてくる秋の蚊が獄の天使

独房に釦おとして秋終る

独房に林檎と寝たる誕生日

去年のまま塀と冬空声もなし


囚人に髪刈られ年逝かんとす

降りだす雪獄吏の鼻がのぞく小窓

獄凍てぬ妻きてわれに礼をなす

妻かへり西日も寒く房を去る

不死男俳句集4

獄門を出て北風に背を押さる

北風に莨火かばひ獄を出づ

二年や獄出て湯豆腐肩ゆする

都塵はや冬帽に乗る獄出れば

歳月の獄忘れめや冬木の瘤


麦秋や或る日都電に人語絶え

蝿生れ早や遁走の翅使ふ

幸さながら青年の尻菖蒲湯に

吸殻を炎天の影の手が拾ふ

蟹かくる航空兵の墓裏へ

不死男俳句集5

土を出て直ぐ松風へ蟻のぼる

緑蔭に叫ぶ英語の声黄色

地におちてひびきいちどのわくらばよ

炎昼へ製氷の角をどり出る

鳥わたるこきこきこきと罐切れば


草を吹き鉄管に入る秋の風

今日ありて銀河をくぐりわかれけり

靴の釘石もて曲ぐる野分中

硯洗ひ野分の端に波郷病む

枯木坂垂れて天より犬が来る

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