<> 「たのしみは 春夏秋冬季語に逢ひ 詩歌管絃游びゐるとき」 @歌童 平畑静塔

平畑静塔俳句集1

月下の俘虜

燈籠を手に岩間ゆく身を細め

蛾の迷ふ白き楽譜をめくりゐる

終電車手に青栗の君を帰し

難民の踊る仮面の眼を感ず

徐々に徐々に月下の俘虜として進む


噴煙の春むらさきに復員す

秋祭リボン古風に来たまへり

岩園の少女を愛すその影も

癩童子なりや夏樹に顔隠す

我を遂に癩の踊りの輪に投ず

平畑静塔俳句集2

 石橋秀野の訃
訃を聞くや月の大樹を見すゑつつ

現はれし彼に応へてふくらむ餅

藁塚に一つの強き棒挿ささる

雷光の中の牛呼ぶ耶蘇名にて

葡萄垂れさがる如くに教へたし


蛍火となり鉄門を洩れ出でし

葭切がかぼそき電話線つかむ

狂ひても母乳は白し蜂光る

黄落や或る悲しみの受話器置く

水仙花眼にて安死を希はれ居り

平畑静塔俳句集3

わが仔猫神父の黒き裾に乗る

雪片と耶蘇名ルカとを身に着けし

鶯や薬を秤るものしづか

胡桃割る聖書の万の字をとざし

つつましき飛雪遊ぶや鉄格子


身に余る羽を重ねて蠅生る

故郷の電車今も西日に頭振る

道をしへ跳ね跳ね昭和永きかな

手を拍つて大満月の牛を追ふ

荒金(あらがね)の暖炉かげろふ茂吉の死

平畑静塔俳句集4

甕の濡れ一条黒し万緑下

雲の峰人煙細く触れにゆく

花野やはらか移動文庫の車輪過ぎ

伊賀の子寒し額集めて地にかがむ

枯野ゆく鳴りを鎮めし楽器箱

平畑静塔俳句集5

 旅鶴

寒星をぶち撒きし下浮浪がり

若布(め)刈棹淡路の山の秀より高

満月に聞ゆる犬の胴震ひ

銀河より享ける微光や林檎かむ

種播きし手をひろげたり林檎載す


或る枝の澄みて始めし落葉かな

一本の道を微笑の金魚売

紅葉せり何もなき地の一樹にて

紅梅を瞼の花に薪能

弱木より動き吉野の青あらし

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