渡邊白泉俳句集1
淚涎集
白壁の穴より薔薇の国を覗く
雉子ゐたりこの驚きを径に佇ち
雉子ゐたり一羽にあらず二羽ゐたり
杜の奥まばゆき方へ雉子は去る
山葡萄湖のみどりをくぎり垂る
美容室さかなや弾み窓を過ぐ
街燈は夜霧にぬれるためにある
あまりにも石白ければ石を切る
タクルして転がり合へば雁渡る
ラガー等の胴体重なり合へば冬
白壁の穴より薔薇の国を覗く
雉子ゐたりこの驚きを径に佇ち
雉子ゐたり一羽にあらず二羽ゐたり
杜の奥まばゆき方へ雉子は去る
山葡萄湖のみどりをくぎり垂る
美容室さかなや弾み窓を過ぐ
街燈は夜霧にぬれるためにある
あまりにも石白ければ石を切る
タクルして転がり合へば雁渡る
ラガー等の胴体重なり合へば冬
渡邊白泉俳句集2
自転車屋ペン画の線をうづたかく
春の雨銀のさかなが裂かれゐる
象使ひ白き横眼を緑陰に
ひとら去り日も去り谺樹に残る
澤越えて鉄道馬車の笛が来る
夏童女紅き靴穿き寐にゆきぬ
向日葵と塀を真赤に感じてゐる
鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ
まつさおな空地にともりたる電燈
きりぎしで胡桃を割れば日もわれぬ
春の雨銀のさかなが裂かれゐる
象使ひ白き横眼を緑陰に
ひとら去り日も去り谺樹に残る
澤越えて鉄道馬車の笛が来る
夏童女紅き靴穿き寐にゆきぬ
向日葵と塀を真赤に感じてゐる
鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ
まつさおな空地にともりたる電燈
きりぎしで胡桃を割れば日もわれぬ
渡邊白泉俳句集3
サーカスのうた 四句
馬がゆき足踏ん張つた裸女がゆき
道化師の眼のなかの眼が瞬ける
涙して見てをり象の玉乗りを
あげて踏む象の蹠(あうら)のまるき闇
ねこしろく秋のまんなかからそれる
土俵入り父の冬帽のかげに見し
白靴を穿きかなかなに衝たれゐる
夕焼へ下水の口のならびたる
自動車に昼凄惨な顔を見き
三宅坂黄套わが背より降車
馬がゆき足踏ん張つた裸女がゆき
道化師の眼のなかの眼が瞬ける
涙して見てをり象の玉乗りを
あげて踏む象の蹠(あうら)のまるき闇
ねこしろく秋のまんなかからそれる
土俵入り父の冬帽のかげに見し
白靴を穿きかなかなに衝たれゐる
夕焼へ下水の口のならびたる
自動車に昼凄惨な顔を見き
三宅坂黄套わが背より降車
渡邊白泉俳句集4
あゝ夜の馬かと見れば松の影
冬の昼鳩にアポロンと呼ばれ笑む
あゝ小春我等涎して涙して
泣かんとし手袋を深く深くはむ
遠い馬僕見てないた僕も泣いた
憲兵の前で滑つて転んぢやつた
雪の街畜生馬鹿野郎斃(くたば)つちまへ
遠き遠き近き近き遠き遠き車輪
労働者低きところに笑ひゐたり
茨越しに野球を見つゝ息し居り
冬の昼鳩にアポロンと呼ばれ笑む
あゝ小春我等涎して涙して
泣かんとし手袋を深く深くはむ
遠い馬僕見てないた僕も泣いた
憲兵の前で滑つて転んぢやつた
雪の街畜生馬鹿野郎斃(くたば)つちまへ
遠き遠き近き近き遠き遠き車輪
労働者低きところに笑ひゐたり
茨越しに野球を見つゝ息し居り
渡邊白泉俳句集5
戦争が廊下の奥に立つて居た
銃後といふ不思議な街を丘で見た
旗の街人ら立ち跳び走り伏し
赤く青く黄いろく黒く戦死せり
薄暗き太腿を立て戦死せり
吾子誕生 五句
吾子生るわれ頭を垂れてをりしかば
髪黒き吾子生れ目より淚落つ
雪の野へ吾子がゆあぶる音ゆけり
時を問ふ子を生みし目のおとなしく
父はこゝにをるよ火鉢に手をそろへ
銃後といふ不思議な街を丘で見た
旗の街人ら立ち跳び走り伏し
赤く青く黄いろく黒く戦死せり
薄暗き太腿を立て戦死せり
吾子誕生 五句
吾子生るわれ頭を垂れてをりしかば
髪黒き吾子生れ目より淚落つ
雪の野へ吾子がゆあぶる音ゆけり
時を問ふ子を生みし目のおとなしく
父はこゝにをるよ火鉢に手をそろへ