山口誓子俳句集1
凍港
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ
夜を帰る枯野や北斗鉾立ちに
海の門や二尾に落つる天の川
流氷や宗谷の門波荒れやまず
唐太の天ぞ垂れたり鰊群来
滝浴のまとふものなし夜の新樹
蛍火の流れ落ちゆく荒瀬見ゆ
郭公や韃靼の日の没るなべに
住吉に凧揚げゐたる処女はも
探梅や遠き昔の汽車にのり
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ
夜を帰る枯野や北斗鉾立ちに
海の門や二尾に落つる天の川
流氷や宗谷の門波荒れやまず
唐太の天ぞ垂れたり鰊群来
滝浴のまとふものなし夜の新樹
蛍火の流れ落ちゆく荒瀬見ゆ
郭公や韃靼の日の没るなべに
住吉に凧揚げゐたる処女はも
探梅や遠き昔の汽車にのり
山口誓子俳句集2
匙なめて童たのしも夏氷
七月の青嶺まぢかく溶鉱炉
落ち羽子に潮の穂さきの走りて来
手花火に妹がかひなの照される
廻廊を鹿の子が駆くる伽藍かな
扇風機大き翼をやすめたり
捕鯨船嗄れたる汽笛をならしけり
はばたける朱き腋見ゆ羽抜鳥
かりかりと蟷螂蜂の皃(かほ)を食む
赤鱏は毛物のごとき眼もて見る
七月の青嶺まぢかく溶鉱炉
落ち羽子に潮の穂さきの走りて来
手花火に妹がかひなの照される
廻廊を鹿の子が駆くる伽藍かな
扇風機大き翼をやすめたり
捕鯨船嗄れたる汽笛をならしけり
はばたける朱き腋見ゆ羽抜鳥
かりかりと蟷螂蜂の皃(かほ)を食む
赤鱏は毛物のごとき眼もて見る
山口誓子俳句集3
黄旗
玄海の冬浪を大と見て寝ねき
ただ見る起き伏し枯野の起き伏し
掌に枯野の低き日を愛づる
楼に見て枯野は遠くより来る
燈籠の斧をねぶりぬ生れてすぐ
夏草に機缶車の車輪来て止る
眼のなかの秋の白雲あふれ去る
玄海の冬浪を大と見て寝ねき
ただ見る起き伏し枯野の起き伏し
掌に枯野の低き日を愛づる
楼に見て枯野は遠くより来る
燈籠の斧をねぶりぬ生れてすぐ
夏草に機缶車の車輪来て止る
眼のなかの秋の白雲あふれ去る
山口誓子俳句集4
炎晝
手袋の十本の指深く組めり
蜥蜴出て新しき家の主を眄(み)たり
向日葵に天よりも地の夕焼くる
ピストルがプールの硬き面にひびき
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
空蝉とあふのきて死にし蝉とあり
ガソリン缶青野を転がし転がし来る
青野ゆき覆面の馬瞬ける
手袋の十本の指深く組めり
蜥蜴出て新しき家の主を眄(み)たり
向日葵に天よりも地の夕焼くる
ピストルがプールの硬き面にひびき
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
空蝉とあふのきて死にし蝉とあり
ガソリン缶青野を転がし転がし来る
青野ゆき覆面の馬瞬ける
山口誓子俳句集5
七曜
秋風に舌を扁く児が泣けり
ひとの子の頭巾なほして天守の上
墓地行きて目白殺生せるに逢ふ
絨毯を徐れば海より夏来る
ひとり膝を抱けば秋風また秋風
夏氷挽ききりし音地にのこる
秋風に嬰児ひとりうらがへる
一本の鉄路蟋蟀なきわかる
蟋蟀が深き地中を覗き込む
断崖を跳ねし竃馬(いとど)の後知らぬ
秋風に舌を扁く児が泣けり
ひとの子の頭巾なほして天守の上
墓地行きて目白殺生せるに逢ふ
絨毯を徐れば海より夏来る
ひとり膝を抱けば秋風また秋風
夏氷挽ききりし音地にのこる
秋風に嬰児ひとりうらがへる
一本の鉄路蟋蟀なきわかる
蟋蟀が深き地中を覗き込む
断崖を跳ねし竃馬(いとど)の後知らぬ