飯田龍太俳句集1
百戸の谿
寒の蕗水の日向を流れけり
つみとりてまことにかるき唐辛子
春の鳶寄りわかれては高みつつ
翁草銀の絮かな祭笛
夏火鉢つめたくふれてゐたりけり
兄逝くや空の感情日日に冬
短日の鷗のひかりに重き海
泳ぎ子の五月の肌近く過ぐ
咲きいでし花の単色夏に入る
いつまでも暮天のひかり冷し馬
寒の蕗水の日向を流れけり
つみとりてまことにかるき唐辛子
春の鳶寄りわかれては高みつつ
翁草銀の絮かな祭笛
夏火鉢つめたくふれてゐたりけり
兄逝くや空の感情日日に冬
短日の鷗のひかりに重き海
泳ぎ子の五月の肌近く過ぐ
咲きいでし花の単色夏に入る
いつまでも暮天のひかり冷し馬
加藤楸邨俳句集40
怒涛
初鶏に藍甕の夜の深かりき
蛾がねむる飢餓死碑文の削りあと
ほろほろ鳥草の穂綿とあそびをり
煎餅を噛むわが音の秋の暮
吹越やきらりきらりと日の面
巣燕見るおしくらまんぢうの押され役
春の蟻つやつやと貌拭くさます
土筆一本咥へてゆけば毛馬少女
糸遊の消えてまたたつ墓の肩
蛙出て雪に目を張る与謝ごほり
初鶏に藍甕の夜の深かりき
蛾がねむる飢餓死碑文の削りあと
ほろほろ鳥草の穂綿とあそびをり
煎餅を噛むわが音の秋の暮
吹越やきらりきらりと日の面
巣燕見るおしくらまんぢうの押され役
春の蟻つやつやと貌拭くさます
土筆一本咥へてゆけば毛馬少女
糸遊の消えてまたたつ墓の肩
蛙出て雪に目を張る与謝ごほり
橋本多佳子集1
海燕
曇り来し昆布干場の野菊かな
わが行けば露とびかかる葛の花
わがまつげ霧にまばたき海燕
若布(め)は長(た)けて海女ゆく底ひ冥(くら)かりき
積雲も練習船も夏白き
南風(はえ)つよし綱ひけよ張れ三角帆
月見草雲の夕焼が地を照らす
波に乗り陸(くが)の青山より高し
曼珠沙華日はじりじりと襟を灼く
スケートの面(おもて)粉雪にゆき向ふ
曇り来し昆布干場の野菊かな
わが行けば露とびかかる葛の花
わがまつげ霧にまばたき海燕
若布(め)は長(た)けて海女ゆく底ひ冥(くら)かりき
積雲も練習船も夏白き
南風(はえ)つよし綱ひけよ張れ三角帆
月見草雲の夕焼が地を照らす
波に乗り陸(くが)の青山より高し
曼珠沙華日はじりじりと襟を灼く
スケートの面(おもて)粉雪にゆき向ふ
橋本多佳子集2
火の山の阿蘇のあら野に火かけたる
春暁の靄に燐寸の火をもやす
海燕するどき尾羽も霧滴たりつ
わだなかのこのしづけさに霧笛きゆ
ただ黒き裳すそを枯るる野にひけり
向日葵は火照りはげしく昏れてゐる
月光にいのち死にゆくひとと寝る
夫(つま)うづむ真白き菊をちぎりたり
大阿蘇の波なす青野夜もあをき
駆くる野馬(やば)夏野の青にかくれなし
春暁の靄に燐寸の火をもやす
海燕するどき尾羽も霧滴たりつ
わだなかのこのしづけさに霧笛きゆ
ただ黒き裳すそを枯るる野にひけり
向日葵は火照りはげしく昏れてゐる
月光にいのち死にゆくひとと寝る
夫(つま)うづむ真白き菊をちぎりたり
大阿蘇の波なす青野夜もあをき
駆くる野馬(やば)夏野の青にかくれなし